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(
2023年12月
)
|
中路 融人
(なかじ ゆうじん、
1933年
〈
昭和
8年〉
9月20日
-
2017年
〈
平成
29年〉
7月18日
[1]
)は、
日本?家
。
日展
常務理事、
日本藝術院
?員、
晨鳥社
?長。
略?
[
編集
]
- 1933年
(
昭和
8年)
京都府
京都市
に酒の小?業を?む中路豊三?きみの子として生まれる。本名、勝博。6人兄弟の4番目であった。母は
滋賀?
神崎郡
五個?町
(現?
東近江市
)の生まれで、幼時からしばしば滋賀を訪ねる。
- 1946年
(昭和21年)?制京都市立第一商業?校(現?
京都市立西京高等?校
)に入?。その後、?制改革に伴い、
京都市立洛陽高等?校
付設中?校に?入することになる。
- 1949年
(昭和24年)京都市立洛陽高等?校付設中?校卒業。京都市立美術工芸高校??科(同校は
京都市立美術工芸?校
を1948年に美術工芸高校と改?し、?制から新?制の切り替えに合わせ、この年に閉校が決まり、9月から
京都市立日吉ヶ丘高等?校
美術科となる。現?
京都市立銅駝美術工芸高等?校
)に入?。同校では
勝田哲
?
天野大虹
?
川島浩
?
?村厚一
らが?鞭を執っており、?えを受ける。初期に人物?を描いていたのは勝田の影響も少なくなかった。
- 1952年
(昭和27年)京都市立日吉ヶ丘高等?校美術科卒業。デザイン事務所に勤務し、テキスタイルデザイナ?として?きながら、作品制作をする(以後18年間、勤務を?ける。のちに同事務所には中路を?り
竹?浩一
ら後輩も入社)。このころ、《祖母の像》を描く。?校時代の模?の反故紙を用いた。
- 1954年
(昭和29年)第10回
日展
に出品の《浜》が落選。3人の漁師を描き、モデルは後輩の
國府克
。
晨鳥社
に入塾し、
山口華楊
に師事。
- 1955年
(昭和30年)第11回日展に出品の《牛》が落選。晨鳥社入?もあり、動物?に挑?、2頭のホルスタイン牛を前と後ろから俯瞰するように構成的に描く。
- 1956年
(昭和31年)第12回日展に《?照》が初入選。
- 1958年
(昭和33年)
社?法人
第1回
日展
に《水?》を出品、入選。
- 1960年
(昭和35年)第3回日展に《舟》を出品、入選。
- 1962年
(昭和37年)第15回晨鳥社展に《?》を出品、
京都府知事
賞受賞。
京展
に《樹林》を出品、
京都市長
賞受賞。第5回日展で《?》(株式?社石長?)が特選?白?賞受賞。
- 1963年
(昭和38年)第6回日展に《薄暮》を出品、無鑑査。
セルジュ ポリアコフ
の抽象の影響をもろに受け、大?な色面構成で描いた。
西?利夫
と二人展を開催。
- 1964年
(昭和39年)第7回日展に《樹響》が入選。
- 1965年
(昭和40年)第8回日展に《外川風景》が入選。
- 1966年
(昭和41年)第1回日春展に《?》が入選。第9回日展に《川のある風景》が入選。
- 1967年
(昭和42年)第2回日春展に《晨》が入選。第20回晨鳥社に《月山》を出品。第10回日展に《麓》(株式?社石長?)が入選。
- 1968年
(昭和43年)第3回日春展に《待春》が入選、外務省買上となる。第11回日展に《湖北》が入選。12月、晨鳥社の若手11名でグル?プ濤を結成、グル?プあすなろは後輩たちに?る。
- 1969年
(昭和44年)第4回日春展に《森》が入選。第22回晨鳥社展に《湖北》を出品。改組1回日展に《?》が入選。
- 1970年
(昭和45年)第5回日春展に《沼》が入選。第2回日展に《映》が入選。
- 1971年
(昭和46年)第6回日春展に《閑日》が入選。第3回日展に《湖北》が入選。
- 1972年
(昭和47年)第7回日春展《蒼》が入選。第26回晨鳥社展に《晨》を出品。第4回日展に《白湖》が入選。
- 1973年
(昭和48年)雅?を本名の勝博から融人と改める。第8回日春展に《水?》が入選。第5回日展に《湖北の樹》(
佐久市立近代美術館
?)が入選。11月、改?の御披露目を兼ね、京都大丸で初めての個展「湖北を描く」を開催。《木立》《?地》など出品。第3回京都同時代展に《水?》出品。
- 1974年
(昭和49年)第9回日春展に《?樹》を出品。外務省買上。第27回晨鳥社展に《湖北》を出品。第6回日展に《午後》を出品。
- 1975年
(昭和50年)第8回グル?プ濤展に《川?》を出品。第10回日春展に《冬田》を出品、??賞受賞。第28回晨鳥社展に《冬野》を出品、晨鳥社賞受賞。第7回日展で《冬田》(
京都市美術館
?)が特選となる。
- 1976年
(昭和51年)第9回グル?プ濤展に《野の川》を出品。第11回日春展に《川》が入選。第29回晨鳥社展に《映》を出品。第8回日展に《冬韻》を無鑑査出品。日展出品依?となる。
- 1977年
(昭和52年)日春??員となる。第12回日春展に《朝霧》を出品。第30回晨鳥社展に《湖北》を出品。第9回日展に《閑》を依?出品。
- 1978年
(昭和53年)第13回日春展に《靄》を出品。第31回晨鳥社展に《野》を出品。第10回日展に《映像》を依?出品。
- 1979年
(昭和54年)3月、京都高島屋、東京高島屋、滋賀?立長浜文化芸術?館で個展「湖北を描く」を開催。《木立》など23点出品。?誌『形象』68?に田中裕「作家?究 中路融人」が?載される。第32回晨鳥社展に《初夏》を出品。日展新審査員となる。第11回日展で審査員をつとめ、《玄映》(
滋賀?立近代美術館
?)出品。日展新審査員展に《木立》を出品。
- 1980年
(昭和55年)第15回日春展に《野の川》を出品。第33回晨鳥社展に《晨映》を出品。日展?員となる。第12回日展に《藁屋と木》を出品。
- 1981年
(昭和56年)2月、第13回グル?プ濤展に《雪野》を出品。第16回日春展に《陽》を出品。第34回晨鳥社展に《閑》を出品。第13回日展に《樹想》を出品。
- 1982年
(昭和57年)2月、第15回グル?プ濤展に《深?の島》を出品。4月、明日の日本?展に《暮色》を出品。第35回晨鳥社展に《櫻》を出品。第14回日展に《伊吹山》(
福井?立美術館
?)を出品。師山口華楊と、パリでの「山口華楊展」の?に同行、パリ、トレド、シャトルなど?生。
- 1983年
(昭和58年)京都府企?展で個展開催(3月、京都府立文化芸術?館。4月、東京銀座?松屋。4月、
滋賀?立琵琶湖文化館
)。《比叡雨情》《晩秋》《近江富士遠望》など23点出品。3月、師山口華楊?。第36回晨鳥社展に《湖映》を出品。第15回日展に《比叡?雨》(京都市美術館?)を出品。
- 1984年
(昭和59年)第19回日春展に《比良遠望》を出品。第37回晨鳥社展に《爽》を出品。第16回日展に《爽晨》を出品。
- 1985年
(昭和60年)2月、第17回グル?プ濤展に《冬韻》を出品。3月、
大矢紀
、
高橋常雄
、
室井東志生
と異?騎?結成。第1回展を東京?京都の高島屋で開催、《葦の里》《朝霧》《伊吹》など出品。第20回日春展《朝霧》を出品。晨鳥社副幹事となる。第38回晨鳥社展《爽》を出品。第17回日展《風?》(
滋賀?立近代美術館
?)を出品。
- 1986年
(昭和61年)2月、第18回グル?プ濤展に《晨》を出品。'86四季の譜日本?に《野の川》を出品。3月、第4回江山?展に《朝靄》を出品。第21回日春展に《湖岸》を出品。第39回晨鳥社展に《梅津の櫻》を出品。第18回日展で審査員をつとめ《爛漫》(
東京?立近代美術館
?)を出品、文化?買上となる。
- 1987年
(昭和62年)3?4月、「現代日本?の俊英 中路融人展」(
日本??新聞社
)が、東京?松屋銀座店、京都?大丸京都店で開催される。日春?運?委員となる。第22回日春展で審査員をつとめ《白嶺》出品。第40回晨鳥社展に《湖東》を出品。第19回日展に《白韻》を出品。
- 1988年
(昭和63年)第23回日春展に《陽春》を出品。日展評議員となる。第41回晨鳥社展に《耀》を出品。第20回日展に《想》を出品。
- 1989年
(
平成
元年)第24回日春展で審査員をつとめ《霧の日》出品。第42回晨鳥社展に《月山》を出品。第21回日展に《樹林》を出品。
- 1990年
(平成2年)第3回異?騎?展に《伊吹山》(
東京オペラシティア?トギャラリ?
?)など出品。第25回日春展に《五合目》を出品。第43回晨鳥社展に《山》を出品。第22回日展に《伊吹》を出品。
- 1991年
(平成3年)第26回日春展で審査員をつとめ《春?》出品。第44回晨鳥社展に《湖北》を出品。第23回日展に《池映》を出品。
- 1992年
(平成4年)『新現代日本?家素描集 中路融人―湖北?歌』刊行(
日本放送出版協?
)。第45回晨鳥社展に《島(習作)》を出品。第24回日展で審査員をつとめ《?》を出品。この年、右手を骨折し、《島(習作)》《?》は左手のみで描いた。
- 1993年
(平成5年)第28回日春展で審査員をつとめ《冬の日》出品。第46回晨鳥社展《仰》を出品。第25回日展に《雪山》を出品。第4回異?騎?展に《富岳四題》《冬の雨》など出品。
- 1994年
(平成6年)1月、東京
東武美術館
?京都
大丸ミュ?ジアムKYOTO
で開催の「山口華楊と晨鳥社の人びと」に《冬田》《風?》を出品。第29回日春展に《朝靄》を出品。第47回晨鳥社展に《悠》を出品。第26回日展に《夕しじま》を出品。
- 1995年
(平成7年)第30回日春展で審査員をつとめ《白い朝》出品。第48回晨鳥社展に《兆映》を出品。第27回日展で《輝》が文部大臣賞受賞。「文部大臣賞受賞記念 中路融人素描展」(銀座松屋、京都大丸)開催される。京都府文化功?賞受賞。
- 1996年
(平成8年)第31回日春展に《朝靄》を出品。第49回晨鳥社展に、《映象》(
京都市立西京高等?校
?)を出品。第28回日展に《映象》(
日本藝術院
?)を出品。第5回異?騎?展に《湖?》《比叡》《山湖》《兆映》《朝霧》《早春伊吹》《薄日》など出品、これが同?の最終回となる。
- 1997年
(平成9年)第32回日春展に《朝霧》を出品。前年の日展出品作《映象》が
日本芸術院賞
受賞。日展理事となる。晨鳥社?長に就任。第29回日展に《薄日》を出品。奈良?のため万葉歌「?浪の比良山風の海吹けば釣する海人の袖かへる見ゆ」(?9―1715槐本)に取材して《比良連峰》(
奈良?立万葉文化館
?)制作。
- 1998年
(平成10年)第33回日春展で審査員をつとめ《余?冬日》出品。京都市文化功?者として?彰される。第51回晨鳥社展に《雪の余?湖》を出品。第30回日展に《湖映》を出品。
- 1999年
(平成11年)第34回日春展に《朝靄》を出品。第52回晨鳥社展に《?間山》を出品。第31回日展で審査員をつとめ《山湖》を出品。五個?町の名?町民となる。
- 2000年
(平成12年)第35回日春展に《霧の朝》を出品。第53回晨鳥社展に《櫻(習作)》を出品。第32回日展に《?と島》を出品。
- 2001年
(平成13年)第36回日春展で審査員をつとめ《春霞》出品。第54回晨鳥社展に《五月の頃》を出品。第33回日展に《朝霧》を出品。日本芸術院?員に任命される。
- 2002年
(平成14年)第37回日春展に《朝霧の川》を出品。第55回晨鳥社展に《?昏》を出品。第34回日展で審査員をつとめ《朝霧の比叡》を出品。日展常務理事となる。奈良?立万葉文化館主催の第一回
奈良?万葉日本?大賞
展で審査員をつとめる。
- 2003年
(平成15年)第38回日春展に《霧の朝》を出品。第56回晨鳥社展に《望》を出品。現代作家デッサン?シリ?ズ「中路融人展」(銀座松屋、朝日新聞社主催)開催される。第35回日展に、《夕照》を出品。
- 2004年
(平成16年)第57回晨鳥社展に《伊吹山》を出品。11月、個展「―近江十題―中路融人展〈日本?〉」(東京?ジェイア?ル名古屋??浜?京都?大阪?島屋、?12月)開催される。第36回日展に《望湖》を出品。
- 2005年
(平成17年)第58回晨鳥社展に《湖映》を出品。第37回日展に《耀》を出品。
- 2006年
(平成18年)第41回日春展に《霧の朝》を出品。第59回晨鳥社展に《?雨》を出品。第38回日展で審査主任をつとめ《霧の中》を出品。
- 2007年
(平成19年)第60回晨鳥社展に《湖東の葦》を出品。10月、個展「中路融人日本?展―近江の四季燦燦と―」(日本橋?名古屋?新潟?松山?福岡三越、?2008年)。第39回日展に《冬の日》を出品。滋賀?文化賞受賞。
- 2008年
(平成20年)第61回晨鳥社展に《耀》を出品。日展審査主任を務め、第40回日展に《峠富士》出品。8月2日?10月13日、奈良?立万葉文化館にて「山口華楊と晨鳥社の今―晨鳥社展60回?創立70年記念―」を開催。
- 2009年
(平成21年)第44回日春展に《高原富士》を出品。第62回晨鳥社展に《?》を出品。第41回日展に《?みち》出品。
- 2010年
(平成22年)1月15日?26日、東近江市立八日市文化芸術?館で「ふるさと近江の心象風景中路融人日本?展」が開催される。第63回晨鳥社展《夕しじま》を出品。10月30日?12月24日、奈良?立万葉文化館にて「
平城遷都1300年記念特別展
中路融人展
[1]
[2]
」が開催される。第42回日展に《雪の朝》を出品。
- 2012年
(平成24年)、
文化功?者
。
- 2017年
(平成29年)7月18日、
ホジキンリンパ腫
のため京都市?の病院で死去。83??
[1]
。同日付で
正四位
昇?
[2]
。
受賞等
[
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]
- 1995年 京都府文化賞功?賞
- 1997年 日本芸術院賞
- 1998年 京都市文化功?者
[3]
- 1999年 五箇?町名?町民
- 2001年 日本芸術院?員
- 2007年 滋賀?文化賞
- 2012年 文化功?者
- 2015年 東近江市名?市民
[4]
- 2017年 正四位
中路融人記念館
[
編集
]
1996年4月に開館した近江商人博物館(東近江市五個??田町583)では、2016年4月に中路融人の作品が多?寄贈されたことで中路融人記念館を加えている
[5]
。
脚注
[
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]
?考文?
[
編集
]
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は列?するだけでなく、
脚注
などを用いて
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(
2019年10月
)
|
- 『京都府企?展シリ?ズ 中路融人展』京都府、1983年
- 『現代日本?の俊英 中路融人展』日本??新聞社、1987年
- 『山口華楊と晨鳥社の人びと』日本??新聞社、1994年
- 『山口華楊と晨鳥社の今』晨鳥社?奈良?立万葉文化館、2008年
- 大矢?音
「中路融人の作品世界」『
平城遷都1300年記念特別展
中路融人展』奈良?立万葉文化館、2010年
[3]
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太字
は
恩賜賞
受賞者。名跡は受賞時のもの。表記?れによる混?を避けるため漢字は便宜上すべて新字?に統一した。
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