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川上氏

出典: フリ?百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

川上氏 (かわかみし)は、日本の氏族の一つ。川上を苗字とする一族のことである。 河上 とも表記されることがあった [1] 。 複?の川上氏が存在する。

  1. 物部氏 ? 尾張氏 ? 海部氏 系川上氏。古代の 和泉 に川上部、 河? に物部氏族川上造など。
  2. 熊襲 系。熊襲の頭 川上梟帥 は有名。
  3. 薩摩 島津氏 系川上氏(薩摩島津川上氏)。
  4. 他に、明治8年2月13日の「平民苗字必?義務令」による川上氏がある。


川上氏(物部氏系) [ 編集 ]

川上氏
(物部氏系)
氏姓 物部氏
 川上造
始祖 伊香我色雄
出自 物部氏
種別 神別 天神
本貫 河??
後裔 春道宿?
凡例 / Category:氏

川上氏(かわかみうじ)は、「川上」を氏の名とする氏族。

物部氏系 [ 編集 ]

。『 ?日本後紀 承和 元年 12月 に、 散位 ?七位下 川上造吉備成 (かわかみのみやつこきびなり)が 春道宿? の姓を賜ったことがみえ、伊香我色雄(いかがしこおのみこと)の後裔とされる。造(みやつこ)は 朝廷 に仕える人の意。

川上氏(熊襲) [ 編集 ]

古事記 には、 景行天皇 皇子 である ヤマトタケル による クマソタケル (熊襲建、川上梟帥)の征伐譚が記される。

日本書紀 ?景行(けいこう)紀27年? 「熊襲(くまそ)に魁帥(たける)者有(といふものあ)り。名は取石鹿文(とろしかや)。亦は川上(かはかみの)梟帥(たける)と曰ふ。」とある。

川上氏(薩摩島津) [ 編集 ]

川上氏
(薩摩?)
家紋
石持ちに十字
本姓 惟宗氏 島津 庶流 [2]
家祖 嫡流
 川上?久 [2]

庶流
 川上忠塞 [3]
種別 武家
出身地 薩摩? 川?郡 川上? [2]
主な根?地 薩摩? 日置郡 伊集院
支流、分家 小原氏
山口氏
安山氏
凡例 / Category:日本の氏族

川上氏(薩摩) (かわかみし)は、薩摩島津氏の一族。島津宗家5代?主の 島津貞久 の庶長子、 ?久 が薩摩 加世田 別府 半分 地頭職 を?えられたことから始まる。

川上氏(薩摩島津)嫡流 [ 編集 ]

代?島津 宗家 に仕え、5代 兼久 の時に薩摩 日置郡 伊集院 の地頭職となる。しかし10代 昌久 は島津宗家14代?主の 島津勝久 の行?をいさめて自害した。その子孫は薩摩? 大隅 ? 日向 の各郡の地頭職に任命されている。

  1. ?久 …子:親久(2代)
  2. 親久 …子:家久(3代)
  3. 家久 …子:?久(4代)、兼久(5代)、 忠村
  4. ?久
  5. 兼久 …子:行久(6代)、 忠? 忠塞 義久
  6. 行久 …子:公久(7代)
  7. 公久 …養子:朝久(8代、忠塞の子)
  8. 朝久 …子:安久(9代)
  9. 安久 …子:昌久(10代)
  10. 昌久 …子:久隅(11代)
  11. 久隅 …子: 久利 久通 (12代)

以下略

川上氏庶流 [ 編集 ]

??時代 に島津家家臣として知られる川上氏は、5代 兼久 の三男、 忠塞 の流れである。 島津義弘 を守って?死した 久朗 沖田?の?い 龍造寺隆信 を討ち取ったとされる 忠智 ? 忠堅 朝鮮の役 で活躍した 忠? 、そして ?ヶ原の?い に?加し 小返しの五本? に?えられる 忠兄 ? 久智 ? 久林 などは全て川上氏の庶流にあたる。また、 薩州家 島津?久 に?して島津宗家に叛いた ?川忠直 は、川上氏3代 家久 の三男 忠村 の孫にあたる。庶家には、 小原氏 山口氏 安山氏 を?した家などがある。

江?時代の川上氏 [ 編集 ]

川上氏本家は各地の地頭職を?任し、「 堅馬場家 」とも?され600石の家?を得て 一所持 の家格とされた。また 昌久 の孫にあたる 久利 の家も本家とは別に403石を?領し、「 ?衛家 」と?され 寄合衆 の家格となる。また、 久? の子の 久明 の系統は「 ?五大夫家 」と?し、やはり寄合衆となった。庶流である 久朗 の系統の家は「 式部家 」と?され(寄合衆)、237石を得て代? 家老 ? 目付 の要職にあった。

正? 年間より、 偏諱 は寄合?以上の嫡男は「久」、次男以下は「親」の字とされ、士分以下や他家奉公の川上姓は改姓するよう命が下ったが、 明治 3年( 1870年 )より復姓が許された。

系譜 [ 編集 ]

                 島津貞久

          ┏━━━┳━━━━╋━━━━┓
         
?久
 島津宗久
 島津師久
 島津氏久

          ┃
         
親久

          ┃
         
家久

       ┏━━╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
       
?久
 兼久
                           忠村

          ┣━━┳━━━━━┳━━┳━━━━━━━━━━━┓    ┃
         
行久
 忠?
    忠塞
 昌隆          
義久
   忠貴

          ┃        ┣━━┳━━┳━━┓     ┃    ┃
         
公久
       ?久
 忠豊
 忠朝 
忠興
    受久  
?川忠直

          ∥   ┏━━┳━━┫ (*)    ┣━━┓  ┃
         
朝久
 忠豊
 道堯
 忠克
       忠智
 忠里
 ?久
          ┃     ┏━━╋━━┓  ┏━━╋━┓∥  ┃
         
安久
    忠?
 久朗
 忠?
 忠堅
 忠兄
 久智
 倍久
          ┃        ┃     ┃  ┣━━┓  ┃
         
昌久
       久辰
    久林
 久恒
 忠盈
 久慶

          ┃        ┃  ┏━━┫  ┃  ┃  
         
久隅
       久?
 久如
 久盛
 久親 親昌
       ┏━━┫        ┃           ┃   
      
久利
 久通
       久?          忠通
       ┃  ┃     ┏━━┫     ┏━━┳━━┫   
      
久?
 久運
    久孝 
久重
    忠洪 忠? 忠方 
    ┏━━┫  ┃        ┃           ┃
   忠利 久慶 
久?
       久映          忠邦   
       ┃  ┣━━━━━┓  ┃           ┃
      親倫 
久東
    久明
 久欽          親盈
       ┃  ┃     ┃  ┃        ┏━━┫
      久? 
久長
    久福 久禎       
親賢
 雅?
 ┏━━┳━━┫  ┃     ┃  ┃           ┃
久品 ?包 久珍 
久?
    久柄 久鎌          親常
       ┃  ∥      ┃  ∥            ┃
      久? 
久致
    久運 久義          親紀
       ┃  ┣━━┓  ┃  ┃           ┃
    孫左衛門 
久芳
 久方 久休 久美          親矩
          ┣━━┳━━┳━━┓
         
久封
 親庸
 貫峰 
親戴
          
          ┃
         
久昭


注)
太字
は本家、━は?子、=は
養子
。
  8代?主の朝久は忠塞の次男、忠豊(*)。
  忠?には諸?あるが、ここでは久朗の弟とした。

脚注 [ 編集 ]

  1. ^ 太田 1934 , p. 1626.
  2. ^ a b c 太田 1934 , p. 1629.
  3. ^ (嫡流 川上兼久 の三男)

?考文? [ 編集 ]

  • 太田亮 ?立???書館デジタルコレクション 河上 カハカミ 」『姓氏家系大?典』 第1、 上田萬年 三上?次 監修、姓氏家系大?典刊行?、1934年、1626-1630頁。 全?書誌番? : 47004572 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1130845/887 ?立???書館デジタルコレクション   閲覧は自由

?連項目 [ 編集 ]